陶芸や写真を通じ世界中の人々にヒュッゲな生活を提供すべく三重県伊賀市に工房を、東京に営業所を構え、2019年12月から本格的に活動を開始したユニットです。


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アナログ <-> デジタル


昨晩、 " 汐留ギャラリーハウス " という番組に 造形作家 増田 敏也 さんが出演されました。 彼は大阪芸術大学 金属工芸コース 出身で、今は土を素材に表現しています。

同大学出身なので…私の先輩にあたります。 個展やグループ展で作品を観て、お話を伺って感じていた事が 少しだけ言葉で還元できそうな気がするので、ちょっと書いてみようと思います。

どうもこんばんは。motomanです。

番組を観た人のツイートによると 「 あの編集の仕方なら、土を使って陶芸という技法を用いて 成形する意味が薄い 」 といったような印象があったようです。 つまりは コンセプトを語っている部分がすっぽりとカットされていた。というわけです。

なるほど。 私は敏也さん本人と会い、話を聞いていたので 特に違和感はなかったのですが、初見の人からすると…そうかもしれません。

敏也さんのコンセプトは

" 質感と実在感の無い低解像度な CG などのデジタルイメージと 質感と実在感のある陶芸のアナログイメージという 相反するイメージをあわせることで生まれるイメージのギャップを表現している "

( 敏也さんの作品は…公式ホームページの こちら からどうぞ )

今まで、何度か個展やグループ展に足を運び 実際の作品を観て来ましたが、その時はどうも… 何かモヤモヤとしたモノが残り、何と形容して良いのかがわかりませんでしたが ひょんな事を思い出してみると、それらが合致した気がするのです。

天野 喜孝の描く、今や世界的に有名なゲームとなった " ファナルファンタジー " のイメージ。 これを 8 bit CPU のファミコンで表現するとなると…
こうなるわけで。

線 1本 とってみても ドットで区切られているわけだから、円はおろか 奇麗な斜線すら引く事が出来ません。

天野 喜孝の、力強く ・ 繊細なタッチで描かれるイメージを 当時のハードでは表現する事が出来なかったわけです。

子供心にこの、ファイナルファンタジーのパッケージに描かれた絵と ゲーム内グラフィックのあまりの違いに…モヤモヤした記憶があります。

ハードに依存する限界と あえて低解像度を用いてボヤけさせる ( モザイクですね ) 事とでは 結果的に似通ったものになろうと、主旨が違うので 敏也さんのコンセプトとはかけ離れてはいますが、 こういった事を思い出したわけです。

敏也さんのはハードの限界ではなく " あえて低解像度化する事 " で、このギャップを表現されているわけですから その面白さを観に、ギャラリーへ足を運ぶのが楽しくなります。

以前、ご本人に 「 これを…例えばプラだとか樹脂だとか…そういった別の素材で成形しても良いのでは? 」 といった事を質問した記憶があります。 つまりは、私にとって 陶芸 = アナログ という図式が無かったから出てきた疑問なわけです。

その際、 「 成形のし易い、アナログ的な素材を使いたかった 」 と言われた事を思い出します。 敏也さんにとっては 陶芸 = アナログ が成り立つわけです。

金属工芸出身と、陶芸しかしていない人間では 素材に対する印象も違う。と なるほど。そういう捉え方もあるんだなァ。と、考えさせられました。

以前、どこでだったか… デジタル化の進む昨今、絵を描く仕事をパソコンに奪われてしまった。と言う方に出会いましたが うん…いや、それはどうだろう…と疑問を持った事があります。

簡単に複製 ・ 転送の利くデジタルだけれども 人にしか作り出せないラインや色彩があると思います。 それらを詳細に分析すれば、結局はデジタル化できるのかもしれませんが 色々な作家が作る茶碗ひとつ取っても 色々なラインや色彩があるのは ハード的な限界ではありません。

デジタル化する事はおろか 言葉に還元する事すらままならない… " 美意識 " や " 審美感 " と言われる ファジィな、人の持つ感覚が具現化した物であるから。 表現したいものが必ずしも、精確に人の心に響くわけではありません。

デジタルの対義語はアナログかもしれませんが 私の中で、デジタルの対義語は…ファジィかもしれません。

そもそも日本で使われている、デジタルとアナログという単語については…議論を呼びそうですが 正確な対義語はアナクロだと思います。 敏也さんの最初のシリーズが、アナクロと名付けられているのも きっとそのあたりに起因するものであると思われます。

分析すればデジタル化できる。という事を 分析すれば機械でオートメーション化して生産する事が出来る。と解釈するならば 天野 喜孝が描く線を機械で描く事は… 分析すれば可能だとは思います。 ですが、オリジナルを描く事はできません。

分析する対象が無ければ…生産する事が出来ない。 それが、私が " デジタル " という言葉に対して持つ考えです。

多くの人が、ジャンルは違えど " ものづくり " をしているのは また、それら作品を観るのが好きな人が沢山居るのは あるひとつの証明である。と私は思います。

" こだわり " という単語に終始するかもしれませんねえ。 個が持つこだわりを、色々な素材を使って表現したら こういった物になりました。 頭の中で創造した世界観が、こう具現化しました。 或いは…させました。となるんだと思います。

おそらく、陶芸をされている方は 1度 は言われた事があると思いますが 「 良い値段するねえ。茶碗なんて 100均 で買えるしねえ 」 と、おっしゃられる方が居ます。 その際、私はこう言います。

「 ええ。まあそうですね。 僕等が作っている物は、同じ土俵の上にありませんから 特に意識はしていません。 100円 の茶碗で良いと思われる方は、そうすれば良いし こだわりを持った物が欲しい方は、少々 値が張ろうと 良い物を選ばれるんでしょうね 」

こう言うと、 じゃあ何かい? 100均 の物で良いと思っている私は無価値な人間なのかい?と ムッとされる方もいらっしゃいますが、まあ私個人の考えなので もちろん押し付けるわけでもありません。

ただ、気に入った物を買う ・ 使う事の本当の価値は 満足感にあります。 同じ料理を盛っても、それらを引き立てる機能が 私達、作家物にはあります。 それはひとつのデザインと言えるでしょう。

茶碗ひとつで世界を変える事が出来るか。 私は可能だと思っています。

そういった意味で、ものづくりに於いて重要なコンセプトが バッサリとカットされ…放送されなかったのは 残念ですねえ…

まあ ご本人は こつこつと、実際に観てもらった人にこの感覚を体感していってもらおう。と 前向きなようですので? また会える機会を楽しみにしております。

私だったら…凹みに凹むだろうな…と思いました

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