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集(個)団


今日は 結婚を控えた旦那さんが、お嫁さんに内緒で 夫婦茶碗を作りに来ました。 丁寧に丁寧に。 ゆっくり 丁寧に。

こんばんは。motomanです。

鳥さんが、今更ながら以前の雑記にレスをつけてきたので 色々と考えてみました。 テーマはこれです。 「信仰と宗教の違いは何か?」 あまりにも退屈になりそうなので、 私の尊敬する諸先輩方が集めた、出オチ画像を挿入しましょう。

信仰というものは、何に干渉される事のない Stand Aloneな状態だと思います。 良くも悪くも”個”です。

宗教というのは、本来は 「同じ(あるいは非常に近しい)信仰を持った者の集まり」 だという事なのでしょうが、 組織というものは、”他の意識”が介在するものです。 それは良くも悪くも、”集団”からしか生まれ得る事のないもので 一言で言うならば”不感”でしょうか。 きっとコックリさんのようなものです。
人数が多ければ多いほど、”他の意識”の影響は増すように思われます。 つまりは ”個”として口を出す・耳を傾ける・手を貸すには躊躇われるが ”集団”の中に入り、”個”を拒否する事で 口を閉じ・耳を塞ぎ・思考しない 何の反応も示さないという行為が成立します。
これはおそらく最も楽な事でしょう。 理由は一つ、摩擦が起きないからです。 発熱する事も無ければ 冷たい中に居るから熱も奪われない ひいては 自分が冷たい事にすら気付かない状態です。 そう。 「気付けない」と「気付かない」は大きく違います。 思考すれば発熱し、”集団”から”個”へ戻ってしまいます。
信仰は、他の何者も受け付けないという無垢な部分がある一方 ひどく孤独なものであるとも思います。 んが、 宗教はある程度のシステム(ある程度の方向性の中でのモラルや立場)の上に成り立っているもので 個人の持つ信仰の無垢な部分が、さして重要ではない(むしろ不必要というべきでしょうか) つまりは… 井戸端会議と同じレベルのもののように思われます。 おそらく、 誰もが個人レベルでは必要性を感じていない(あるいは…必要性があるのかないのかすら気付いていない)ものであるが ”個”を忘れる為には必要なものなのでしょう。 そう考えると、”集団”にも…ある種の麻薬的な価値はあると言えます。