• SAC Bros. Company

経過形


うんこをしている時。 読み物があればそれに目を通すのだが、 何も無い時には 洋式便器に腰をかけ ボーッと自分の膝を眺める。 それから、自分の手を眺める。 そうする事で、特に何か大事なものが得られるわけではない。 ある事に気がつくだけだ。

時間の経過と共に変化した形に、気がつくだけだ。

どうもこんばんは。motomanです。

町を歩く子供を見ると、ある事に気付く。 赤子を見てもそう。 ミニスカ姿の脚を見てもそう。 歩き方ひとつ見てもそう。 立ち方ひとつ見てもそう。 目の配り方 顔面の筋肉の硬さ 肩に乗る力具合 小さな仕草。

ただ、ほんの少しの形の違い。 全体の重心がどこに偏っているか。 目の動きから、どこに興味を惹かれているか。 つま先の向きから、次の一歩はどちらへ踏み出そうとしているのか。 本人の無意識下で、色々な事が色々な部位に表れている。

俺の目を奪うのは その人の立ち方・歩き方・細かな仕草。 違和感の宿る形を見ると、それがどういう理由によってなのかを考える。 特にこの季節になると ミニスカの女性の脚を眺める事が多い。 📷これが初めて作ったフタものである。 外郭のみを追いかけ、その結果として形になったものである。 📷高さと安定とテーマに、 自分の技術を試す意味も含め 長い脚をつけたもの。 📷色を変え、質感を変え より良いものに昇華させようと、試作したもの。 こういうものが作りたいのだ。という欲の塊が幾分和らぎ 肩から力が抜けた気はする。 📷自分なりの形や質感が その形から無駄が削られ 作り手の意思と、少し違ったところに介在している気がする。 違和感と言えば違和感であるが どうも悪い事だとは思えない。 だがしかし、作り手としてこの違和感を 正しく租借し、その味を理解する義務はある。

1年でここまで変化したフタものの形。 これからどう変化していくかは ”違和感”の中にあるし ”違和感”を噛み砕かなくてはならない。 それに伴う期待感や楽しさは その、違和感が併せ持つファジィさによるものだろう。

とどのつまり 俺が作るフタものが なぜミニスカを好んで穿いているのか。と疑われてはならない。 ミニスカを穿く価値があると評されるような… 美しい脚を持っているな。と、一目で感じさせるような そういった類のものを…見つけなければならない。

余談であるが 美脚を定義するのは、その細さ・長さのみではない。 その中には確かに血が流れていると感じさせる質感。 裡の内容物を外郭でなんとか押し留めているような張り。 そのどちらも満たし、適度に細く 適度に長い…理想的な美脚を見る機会はほとんどない。 脚のみならず、躯体全体の中の一つの脚と捉えると 尚更である。

つまりはそれら全てを満たした人がモデルと呼ばれる職に就く事があるのであろうが、 残念なのは、 いくら美しい脚を持っていても、それを見せびらかしてしまっては 日本的な美しさは損なわれてしまう。という点である。

その対象が万人であるか個人であるかによっても、見せ方は変わってくるだろうが 世の中で自分しか気付く事のできなかった美が在ると認識できるのは 幸せな事である。と言えそうだ。

夜景を見て美しいと感じるのではない。 たくさんの人々が伴侶を見つけ、これだけの数の家に明かりが灯っているという事実に。 それを眺めている自分にも、何か美しい形が作れるかもしれないという事実に 涙を流すべきなのだ

0回の閲覧

SAC Bros. by Motoman & Enken

Japanese Traditional Craftsman Team

完売商品のオーダーをお受けしています。

詳細はコチラから    

 

We are accepting orders for sold-out products. Please see here for details.

FAQ

Please subscribe our E-mail member

  • Instagramの - ブラックサークル
  • Facebookの - ブラックサークル
  • Twitterの - ブラックサークル
  • YouTubeの - ブラックサークル
0