- SAC Bros. Company
Naturaleza
誰かが言ってたぜ 俺は人間として自然に生きているんだと 自然に生きてるって わかるなんて 何んて不自然なんだろう
どうもこんばんは。motomanです。
" 自然 " という言葉には随分と悩まされます。
自然の事物や現象に人間が手を加えること また、人間の手で自然と同じようなものを作り出したり 自然と同じような現象を起こさせたりすること
このあたりが上手く飲み込めません。
自然から学ぶ事は確かに多く 持てる五感の全てで認識してはいますが その大半は目から脳幹へと飛び込み、私の心を奪っていきます。
それを禁じた神を、ヒトが作り上げなかったのが…奇跡的に不思議なくらい 酷く 暴力的 ・ 懐疑的な行為だと感じるのは 私が変人だからか あるいは その道に足を踏み込んだ罪人であり、赦しを乞う為の唯一の行為であると 痛いほど額に刻み込まれたせいか やり切る事でしか償えない圧を感じているからでしょうか。
はて それにしても、相も変わらず 自然を同等、もしくは それ以上のものを作り得るのかどうか。という観点で言うならば 自然と人工が相反するのは…素直に飲み込めますが どうも引っ掛かる何かを感じるのは何故でしょう。
人の営みという小さな世界ではそれで納得できますが 数多の生物 ・ 物質や事象が混在する大きな世界に尺度を合わせると やはりどうにも…合点がいきません。
人と見るかヒトと見るか。 私達が日頃 目にしている山や川など、自然物として捉えている多くのものが ヒトの手が入った、整備されたものであり それでいて自然と捉えても違和感が無いのは どういった理屈でしょう。
一定の価値を保持し続けるはずの観念が 尺度を変える事で…その姿を変えてしまうのだから 質が悪いですね。
私達の血に込められている " 美 " というものへの探究心は 尺度を変えてみると そのどちらであろうとも たいした問題では無い気がします。 それこそが " 創造 " というものの本質である。 と思えるからです